レイ・ダリオとブリッジウォーター・アソシエイツ



アメリカの金融市場がまだ活況を呈していた2007年春、ある投資会社が、過剰な金融レバレッジのリスクを懸念し始めました。
その投資会社の名前は、ブリッジウォーター・アソシエイツ。名の知られたヘッジファンドです。
同社は世界のトップ機関の公的な統計を調べた結果、不良債権に関連して仮定される損失が8390億ドルに達すると予測しました。
2007年12月、レイ・ダリオはアメリカ財務省とホワイトハウスの経済顧問に危機が迫っていることを警告しました。しかし、彼らは ダリオの警告を無視したようです。
2008年の株式市場の暴落と、それに続くFRBの金融政策の対応は、ダリオの予言が正しかったことを示すことになりました。


レイ・ダリオは1949年8月8日、ニューヨーク市で生まれました。彼の父親はジャズミュージシャンのマリノ・ダリオでした。
12歳の時、彼は多くのウォール街関係者が顧客となっていた会員制のゴルフクラブでキャディーを始めました。顧客の中には、ジョージ・リーブもいました。
その縁で、彼は学校の長期休暇を使ってリーブの息子が経営する取引会社で働くことになりました。そこで彼はすぐに投資に魅了され、投資の世界へと足を踏み入れていきました。
彼は10代の頃、300ドルで購入したノースイースト航空の株式が、デルタ航空との合併によって3倍になった瞬間を目の当たりにしました。
その後の数か月間で、ダリオは貯蓄と市場で稼いだお金を投資して、収益を倍増させました。彼は高校に行く前までに、何千ドルもの資産を持つようになりました。
その後、彼はロングアイランド大学CWポスト校で学び、1973年にハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得しました。


1975年、ダリオはニューヨーク市内の2部屋しかないアパートで、ブリッジウォーターを創業しました。
当初は、資金管理やリスクコントロールに関してアドバイザーを行うコンサルティング業務をしていましたが、後にヘッジファンドへと成長しました。
1987年のブラックマンデーを比較的無難に乗り切ったことで、ダリオはウォール街で名を馳せるようになりました。
このことが、マクドナルド、世界銀行(1985年)、そしてコダック(1989年)といったビッグネームの顧客を得ることにつながったのです。


2013年、ブリッジウォーター・アソシエイツは世界最大のヘッジファンドとなりました。
レイ・ダリオは、インフレ率、金利、GDP成長率などの様々なマクロ的な要素を考慮しながら投資判断を行う手法を取っています。これが、彼が金融市場を「鳥瞰する」投資家と呼ばれる理由です。
実際の取引では、彼はコンピューターモデルやアルゴリズムを用いて自分の考えを落とし込んでいます。
ニューヨーカー誌はを「経験豊かで大局的な見方ができるトレーダー」と表現しています。
ダリオは、リスクパリティやポータブル・アルファなど、広く使われる多くの投資原則や投資戦略を広めました。

これらの内容は、情報提供及び投資家教育のためのものであり、いかなる個別株や投資方法を推奨するものではありません。こちらの投資情報は説明目的の用途でのみ提供されており、すべての投資家にとって適切であるとは限りません。 詳細情報
